名もなき人びとが刻んだ足跡にスポットを当てる「人びとの歴史」と日本古代を周辺の国との歴史の流れのなかで見てみようという「世界の中の日本古代史」。令和元年はこの二つのテーマを柱にした特別講座の開講を試みました。時の流れに埋没しがちな地味な試みではありますが”忘れてはいけない何か”に真摯に取り組んでいる研究者と、そういうものを”知りたい”と欲する素敵な受講者に支えられていくつかの企画を形にすることができました。各位にあらためて感謝いたしますとともに次年もさらにバージョンアップができますよう努力いたします。(企画部)

7月27日(土)「山間部に残る日本の宗教伝統~いざなぎ流を手掛かりに」 講師:国際日本文化研究センター所長・小松和彦先生 土佐の山深い村で在地の宗教者によって脈々と伝えられてきた古い民間信仰の姿を、40年以上ライフワークとして調査研究を重ねている小松先生に紹介していただいた。不思議な祭文、何百種類もある御幣、神秘的な祭儀。陰陽道と修験道と神道と仏教、そのいずれでもなく、いずれも含まれているような…。先生によれば、祭祀は実際に行われてこそ意味や本来の姿が立ち上がってくるのだそうだ。この超マイナーな原始信仰的な祭祀はこのままどこまで続いていくのだろう。なにしろ合理的とか単純明快とは真逆の不思議なお祭りだ。紙幣の複雑なデザインに、意味深な祭文の物語に、受講生の皆さんといっしょに引き込まれていった。その上このときちょうど当地を季節外れの台風通過中で、まさに「いざなぎ流」の雰囲気に合わせたかのような不安な空模様。さすがは小松先生!

9月5日(木)「沖縄・旧円覚寺仁王像の復元」 講師:一般社団法人 木文研代表理事・岡田靖先生  琉球王家の菩提寺である円覚寺の総門にかつて安置されていた仁王像。沖縄戦で壊滅的な被害を受けたこの像が残した13の部材が、今に伝えるものとは?岡田先生は残欠部材を科学的に検証。さらにこの寺を開山した臨済宗僧の活躍の跡や仏師の交流の記録など推定可能な歴史をクロスさせながら、この仁王像の秘密を丁寧に紐解いていく。そして復元されつつあるその姿の実際も紹介された。仏像といえば、どうして奈良・京都を思い浮かべがち。しかし沖縄にこんなに堂々と美しい仏像があったとは!まだまだ日本の地方には知られていない大事な文化史がありそうだ。「国宝だけが日本文化じゃないのね」という受講者の感想が心に残る。復元作業の具体的な工程も興味深かった。文化財の復元とは、地道な検証の根気強い積み重ねであることを学んだだけに、その後に起こった首里城の火災がとても気がかりだ。

9月30日(月)「今様歌の夢のあと」 講師:日本歌謡学会理事・馬場光子先生  平安末期に大流行した「今様歌」。それが大好きで大好きで歌とその歌にまつわるいわれを『梁塵秘抄』としてまとめた法皇がおられた。その人こそ源平を陰で操っていた大黒幕ともいわれる後白河法皇で、馬場先生のレギュラー講座「梁塵秘抄の世界」ではそのあたり、後白河の内面性や歌の背景などにも迫る。世の中が激しく動いた時代を生きた人びとの心が歌ににじんでいて興味深い。ただこの日は常設とは別の特別講座なので、テーマを絞り、今様歌の正統な伝承地、美濃・青墓宿と傀儡女たちの話を中心に。今様歌は声から声への伝承なのでことばを美しくのせたはずの旋律が今に残っていない。「遊びをせんとや生まれけん・・・」歌ってみたいな。

11月3日(日) 「経済とは?」 講師:同志社大学大学院教授・浜矩子先生 政策や世界の情勢についての分析解説がいつも切り口鮮やかな先生に話していただきたいことは多々あれど、今回は敢えて基本的なテーマをお願いした。「知っているつもり」の曖昧な知識のままで物事を判断しているというのは、実はひどく危ないことでないかと思わせる事件が当地で直前にも起きていたからだ。経済って実は何?国債って本当はどんなもの?事前に受講生からいただいた素朴な疑問に応える形での90分、少し時間が足りなかったかも。「子供のような質問で…」という受講者に先生は「そういう質問ができる人がすごいのです」とおっしゃっていた。「経済」とは…ヒトだけのもの。なるほど、そうだったのか!

10月15日(火)・16日(水) 「アイヌ文化をさかのぼる」 講師:北海道大学総合博物館・天野哲也先生 教科書で当然のように覚えた「弥生時代」が北海道にはない、ということを数年前に羅臼の資料館で知った。知るのが遅すぎたと思った。同時に他の人は知っているのだろうか…という疑問が湧いた。天野先生を北海道からお呼びしたのも、先生が北海道古代史研究きってのフィールドワーカーだったからで、風土から得た「人びとの歴史」をお話いただきたかったため。2日連続の講座はいわゆる「なくよウグイス平安京」といって覚えた年表日本史とは違う、活きた歴史講義だった。2日目の最後にはアイヌの人にとって大切なハンノキを使って実習もした。実際に握ってみるととてもやさしい木肌で重みがある。受講の方々にも初めての体験で、「こういう歴史講座も楽しいネ」とうれしい感想を頂けた。

11月19日(火)「倭国が受容した漢字文化」 講師・早稲田大学教授・田中史生先生 漢字が日本に与えたインパクトは多大だ。まだ倭国と称されていたころの時代を「漢字の受容」という切り口を通して視てみようという試み。大陸と朝鮮半島の勢力図がいかに倭国に影響を与えてきたか‥というところから紐解かれていった。とっつきにくい国の名前もややこしい攻防の歴史も何だかとても分かりやすく整理されて頭に入ってくる。今回は田中先生の初登壇ということもあり「倭国がこのようにして漢字を受け入れた」というところまでの話だったが、さてそれを「日本人がさまざまな方面でどのように咀嚼していったか」という続編をぜひ、という声が上がった。熱のこもった古代国際交流史講義。

12月7日(土)・15日(日)「DNAから日本列島人の起源と成立を探る」 講師:国立遺伝学研究所教授・斎藤成也先生 現代まだ日本人として生きている私たちは実際どんな人を祖先としていたのか、を遺伝子分析から明らかにしていこうという斎藤先生の研究。文系の人間にとってはかなり新鮮な古代へのアプローチだ。ヤポネシアゲノムデータによって見えてきた縄文・弥生人の衝撃の事実!人はいかに他人といかに交じり合うことで時代をつむいできたことか。あらためて考えさせられた2回の講義。

12月21日(土) 「はじめての地球科学」 講師:名古屋大学教授・道林克禎先生 レギュラー講座「岩石が語る地球」で毎回かなり詳しく岩石の生成や特徴について解説していただいている道林先生に、あらためて「地球の姿」を追究する地球科学ってなに?という基本的な質問をぶつけてみた。そうか、もう一度、地球研究の入口を案内してみようか…ということになった。というわけで今回は地球史を岩石からどうやって探っていくのかという話をメインに。さらに最新の知見を加えて来春からは新しい地球科学講座を予定している。この日、未来の科学者として期待できそうな小学生が受講してくださってとっても新鮮で心強かった!

5月30日、11月1日(金) 「初夏と初秋の中池見湿地」 講師:中部大学教授・南基泰先生 福井県敦賀市の市街地からほど近い中池見湿地で自然観察会を2回催行した。ラムサール条約にも認定されているこの湿地は、地質や自然環境などの影響で独特の植物や生き物を観察することができる貴重な場所。2回の開講日ともに「植生が盛りという華やかな時季ではないけれど、季節替わりを迎えようとする湿地の活き活き感がよく味わえるよ」、という南先生の案内で、周囲2kmほどの湿地を約3時間かけてじっくりと歩いた。なぜこの花がここに・・という不思議な発見もあって、ただ植物の名前を覚えるだけの観察会とは違う充実度。同じ場所を季節を違えて訪れるのも楽しいと好評だった。

 ☆ご受講下さいました皆さま、ありがとうございました。