日々思ったことを書き留めました。よろしければご笑読ください

VOL3 12/15 「数字には直接表れない大きな損失」

 キャンセル料については国が50%責任を持ちます、できるだけ損はさせないようにするから大丈夫」って。ああこの政治家たちは分かっちゃいない。自粛期間に耐え、やっと再開できる、そのために萎えそうになっていた希望と気力を引っ張り出し、心を持ち直し、よし、もう一度頑張ろうと体力の限りを使って準備をしてやっと…と日常を取り戻しかけたと思った直後急転、「予約を取り消します」「キャンセルします」「はい、わかりました。またぜひよろしくお願いします」この何十回のやり取りが商売人にとってどれほど心が折れるかを。そんなことは言えば甘えととられるだけだからと思って皆、口にしない。けれどこの目に見えないストレスがどれほど「ウィズコロナ社会」とやらにマイナスを与えるかを。

VOL2  12/10 「声なき叫びを「うた」にしろ!」

形にならない声というものがある。現在を生きている人の叫びだ。例えばどこかの新聞でコロナ禍中の思いを謳った短歌を募集している。そこに応じて集まる歌はアマチュアといえどもすでにことばを選び整えることを知っている人がつくったものだ。それはもちろんその人の思いが乗ったものには違いないが、もっと原初的なことばの発信、形にならない訴えに今こそ当代の一流歌人は耳を傾け、誰の心にも届く「うた」という形に整えていくよう導くべきではないか。歌になった歌を評するのではなく、もう一段地場に降りる時なのではないかと思うのだ。同時にコロナ禍中、後(まだ早い!)をさかんに分析する学者にも思う。己の知観で示唆することよりも、現実を生きている人がこの数か月何を思い、何をしてきたかをまず地に降りて拾い集めてみたらどうか。そしたらこの段階でそんなきれいにまとめられないから!

VOL1 12/4 「この時に古典を読む」

久しぶりに講座で古典を読む。この文学作品が現在に至る1000年近くの間には、疫病もあり飢饉もあり政情不安もあったはずだ。それをくぐりぬけてきたものを読んでいるのか。エライものだと思う。コロナ禍ただ中の今、あらためて古典文学を読み継ぐ意味がはっと体感できたようなひととき。