久しぶりにカツラの木の葉の香りを吸い込んだ。朝方の濃い霧が切れはじめて、青空から光が差し込むと森がいちだんと明るくなる。ガイドの大澤さんは予約を入れた時「その日程だと森がちょっと寂しくなっているかもしれませんよ」と心配されていたが、大丈夫。紅葉はまだまだきれいだし、落ち葉の道を歩くのも楽しい。1泊2日の日程で現地特別講座を開催し、11月8日はこの旅のハイライトでもある黒姫(長野県信濃町)・アファンの森を訪ねた。アファンの森は”森の赤鬼“と親しまれた作家のC.W.ニコルさんが、私財を投じて再生した里山一帯で、活動を始めた1986年当時は荒れ果てて暗く「幽霊森」とも言われていた。日本人自らの自然離れや、取り返しのつかない環境破壊問題について軸ぶれせずに声を挙げ、実践活動に取り組んだニコルさんの、ここは後世への贈り物のような場所。遺志を継いだ財団によって今も間伐や調査などが続けられている。人が入る森というとどうしても、人間好みの景観をつくるのかと想像してしまうが、どうやらそうではない。最も大切にしているのは森に棲む、またはここへやってくる「生き物目線」なのだそう。
「あれはフクロウのための巣箱です。フクロウがこの場所で子育てができるということは餌となるネズミなどもたくさん棲んでいるということ。それは森が豊かなんだと教えてくれます。フクロウのあとには同じ巣をムササビが使ったりするんですよ」「フクロウはそのことを知っているのですか」「いや、入れ違いですからね、知らないと思います」そんな楽しい会話をしながら森の奥へ進む。黒姫山の水脈を引いて作った池の端で小さなカエルを見つけ、「あそこからは国有林です」と言われて眺めた樹木の違いに愕然とし、あらためてアファンの森の営みに感心し、最後にニコルさんが眠る場所、生前マザーツリーと言って愛していたというコナラの大木を見上げ、メモリアルストーンに刻まれたことばを読んだ。
「座ってゆっくり風や木の葉音を聞いてみてください。女性なら特にニコルは大歓迎ですよ」と大澤さんにすすめられて、お墓に座るなんて失礼かも・・と、最初は遠慮がちだった私たちもいつの間にか、皆で腰を下ろし、「もうちょっと…ここで日が暮れるまで過ごしてみたいね」などと語りあっていた。(2023年 11月記)
※アファンとはウエールズ語で「風の通る谷」の意。
一般財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団では、森を守るためのサポーターを募集しています。また、C.W.ニコルメモリアル自然再生基金も開設されています。https://afan.or.jp